■DKWをお手本に
見た目はごく普通の2ドアノッチバック・セダンだったが、中身に関していえば、「フロンテ800」は当時の国産車中にあってなかなかユニークな存在だった。前述したスズキの第一作である「スズライトSF」は日本初の FF車であり、以後スズキの軽乗用車はその機構を踏襲してきたのだが、この「フロンテ800」にもそれが採用された結果、日本初のFF小型乗用車という栄誉に浴したのである。とはいうものの、水冷2ストローク直列3気筒というエンジン形式、およびそれをフロントアクスル前方にオーバーハングして前輪を駆動するレイアウトは、西ドイツ(当時)のDKWを参考にしたものだった。
DKWとは現在のアウディにつながるメーカーで、1920年代に設立され、戦前から2ストロークエンジンで前輪を駆動する小型車を製造していた。初期のサーブ、旧東独のトラバントやヴァルトブルクなどは、みなDKWを参考に生まれたものである。「フロンテ800」もそうしたDKWフォロワーの1台だったのだ。
ただし785ccから最高出力 41ps/4000rpm、最大トルク8.1kgm/3500rpmを発生するというエンジンのパフォーマンスは、DKWのそれより比出力で勝っていた。すでに60年代前半に二輪世界GPを制していた、スズキの2ストロークエンジン技術が注ぎ込まれた結果といえよう。コラムシフトの4段フルシンクロ・ギアボックスを介しての最高速度は115km/hと発表されていた。前がウィッシュボーン/縦置きトーションバー、後ろがトレーリングアーム/横置きトーションバーによる4輪独立サスペンションもDKWに準じたものだが、トーションバーの角度を変えることによって車高が調整可能という独自の特徴を備えていた。(以下、次号)
(文=田沼 哲/2003年5月5日)